『琅琊榜』は、よく「難しい」と言われます。皇子、侯爵、江湖、官僚、過去の事件。序盤から固有名詞が多く、誰の味方をしているのか分からないまま話が進んでいくように見えるからです。
ただ、梅長蘇の行動を追うだけなら、見るべき線は三つに絞れます。ひとつ目は赤焔軍事件の真相を明らかにすること。二つ目は靖王を皇位に近づけること。三つ目は、梁という国にまだ正義を取り戻せる余地があるかを試すことです。
目的1:赤焔軍の汚名を晴らす
梅長蘇は、単に個人的な恨みを晴らしたい人ではありません。彼の奥にあるのは、12年前に謀反の罪を着せられた赤焔軍と祁王の名誉を回復することです。ここを押さえると、彼がなぜあれほど慎重なのかが分かります。
もし彼がただ復讐したいだけなら、敵を倒せばいい。けれど梅長蘇が求めているのは「倒すこと」ではなく、「真実が公の場で認められること」です。だから彼は感情では動けません。証拠、人事、世論、皇帝の心理。そのすべてを少しずつ整えていきます。
目的2:靖王を玉座に近づける
靖王は、序盤では決して有力な皇子ではありません。むしろ不器用で、政治の駆け引きにもあまり向いていないように見えます。けれど梅長蘇にとって、その不器用さこそが重要です。
太子や誉王は、すでに権力のゲームに染まっています。靖王は頑固で融通が利かないぶん、曲げてはいけないものを曲げない。梅長蘇はそこに、祁王の理想を継ぐ可能性を見ています。靖王を勝たせることは、友を助けることでもあり、失われた政治の筋をもう一度立て直すことでもあります。
目的3:国を壊さずに真実へ近づく
『琅琊榜』の面白さは、梅長蘇が強いのに、何でもできるわけではないところです。彼は皇帝ではありません。軍を直接動かせる立場でもありません。しかも身体は弱く、時間も限られている。
だから彼は、相手を無理に押し倒すのではなく、相手が自分から動く形を作ります。敵の欲、味方の正義感、官僚の面子、皇帝の不安。人の心にある小さな傾きを使って、盤面を変えていく。ここがこの作品の静かなスリルです。
復讐劇なのに、叫ばない
日本のドラマ感覚で見ると、復讐ものには怒りの爆発や分かりやすい対決を期待してしまうかもしれません。でも『琅琊榜』の梅長蘇は、怒りを表に出すほど自由ではありません。彼が感情を出せば、計画は崩れ、靖王も危険にさらされる。
そのため、彼の復讐はとても礼儀正しい顔をしています。客人として座り、静かに茶を飲み、必要な時だけ一言を置く。その穏やかさの下に、消えなかった痛みがある。そこに気づくと、会話だけの場面が一気に重くなります。
最初は人物表を横に置いて見るより、梅長蘇の三つの目的を頭に入れておく方が楽です。赤焔軍の雪冤。靖王の擁立。国を壊さずに正義を戻すこと。多くの出来事は、この三本の線のどれかにつながっています。
作品全体の入口は、『琅琊榜』を見る前に知っておきたいことで整理しています。